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非従来型超伝導体中の局所的超伝導状態

[1] Y. Iguchi et al., Physical Review B 103, L220503 (2021).

[2] I.P. Zheng, Y. Iguchi, et al., Physical Review B 100, 024514 (2019).

 走査型SQUID顕微鏡は局所的な磁束を絶対値で観測することができる非常に強力でユニークな走査型磁気プローブである。我々の研究目的はこの測定手法を利用し、カイラル超伝導などの非従来型超伝導体中の局所的超伝導状態を解き明かすことである。


1. 孤立した超伝導Vortexの動的応答を可視化

 走査型SQUID顕微鏡は局所的な磁束と帯磁率を観測する事ができるため、Vortex磁場の観測およびその動的応答を直接観測する事ができる。我々は低温で双晶化する事が知られている超伝導体FeSeにおいてVortex動力学の直接的観測を初めて行い、双晶境界線に沿った異方的なピン止めポテンシャルの存在を可視化することに成功した。[2]

 また、圧力中で双晶化する事が知られている重い電子系超伝導体URu$_2$Si$_2$においても同様に測定を行い、局所的に異方的・等方的なピン止めポテンシャルを持つことが分かった。[1] ここで観測された異方的なピン止めポテンシャルはFeSeで観測されたもののように長距離に渡って直線的に並んでいるわけではなくランダムに向いていることから、ここでは双晶化または電子のネマティック秩序による影響はほとんどなく不純物などの局所的な格子歪みが支配的であると考えられる。URu$_2$Si$_2$では等方的なピン止め力の温度依存性も初めて局所的に見積もっており、その温度依存性が$(1-(T/T_c)^2)^2$で表されることを示した。この結果は、このサンプルの不純物の大きさがおおよそ超伝導のコヒーレンス長程度であることを示唆している。


2.  カイラル超伝導候補物質URu$_2$Si$_2$における超流動密度と自発磁性の局所的な観測

    カイラル超伝導は非従来型超伝導体が自発的に時間反転対称性を破る角運動量を得る非常に興味深い量子現象である。これは非自明なトポロジカル状態であり表面もしくは欠陥付近に自発的なトポロジカルモード(例えばカイラルエッジカレントやマヨラナゼロモード)を持つと期待される。マヨラナゼロモードの観測はいくつかの超伝導体で報告されているが、カイラル超伝導については未だ決定的な証拠は報告されていない。 

   重い電子系超伝導体URu$_2$Si$_2$はカイラル(超伝導ギャップにノードを持つ時間反転対称性が破れた)超伝導の候補物質であり、また超伝導相と共存する隠れた秩序相の研究が長年に渡って精力的に行われてきた。しかし、ノード構造やカイラリティについては試料の質に依存しているため、本質的な超伝導状態については不明確である。本研究では、URu$_2$Si$_2$における自発的な磁性、局所超流動密度を観測するため、走査型SQUID顕微鏡を用いてミクロン単位でゼロ磁場下の磁束、低磁場による反磁性応答を測定した。[1]

    2つのサンプルで超伝導相($T_{SC}$=1.5 K)と共存する強磁性ドメイン($T_{FM}$=16.1 K)を観測した。だが、強磁性ドメインから十分離れた超伝導相においてカイラル超伝導で期待させる自発的磁化は観測されなかった。この結果は、URu$_2$Si$_2$はカイラリティを持たないか検出可能な自発磁化を導かないことを示唆している。

 また、強磁性ドメインから十分離れた超伝導相において帯磁率のサンプル表面からの距離依存性からLondonの磁場侵入長を見積もり、その温度依存性を観測した。この結果から、線形の温度依存性を持つ超流動密度を観測した。これはURu$_2$Si$_2$における超伝導ギャップ中のノードの存在を示唆している。

空間反転対称性が破れた強磁性体中のマグノンの非相反伝搬

[1] Y. Iguchi, S. Uemura, K. Ueno, and Y. Onose, Physical Review B 92, 184419(2015). 
(解説記事:井口雄介、小野瀬佳文、固体物理 vol.51 No.7(通巻605号)2016年 )

     相対論的ディラック方程式から導かれるスピン軌道相互作用は、空間反転対称性の破れた結晶においては、電子のバンド構造を変形、分裂させるなど大きな変形をもたらすことが知られている。その一つの例が、界面や極性物質などの系におけるラシュバ効果である。ラシュバ効果が起きるとバンド構造がスピン分裂を起こし、波数$+k$をもつ電子と$-k$を持つ電子のスピンが異なるようになる。実は、磁性体のスピン波励起(マグノン)においても類似した効果が観測される。空間反転対称性が破れた強磁性体では、ジャロシンスキー守谷相互作用とよばれるスピン軌道相互作用に由来した対称性に依存する相互作用が働き、それにより非対称なマグノンバンドが発現する。このときには、波数$+k$と$-k$のエネルギーが異なる非相反なマグノン伝搬が期待される。

 非対称バンド由来のマグノンの非相反伝搬は、これまで界面型(ポーラー型)ジャロシンスキー守谷相互作用が有限な薄膜中のみで観測が行われてきた。しかし、キラルなバルク強磁性体中で有限なキラル型ジャロシンスキー守谷相互作用においても非対称マグノンバンドが現れることが理論的に予想される。本研究では、キラルなバルク強磁性体LiFe$_5$O$_8$の単結晶試料と微細加工したマイクロ波アンテナを用いて、非相反なマグノン伝搬を観測した。[1]

 非対称バンド中では、高波数のマグノンにおいてより大きな非相反伝搬が期待される。また、低波数領域では磁気双極子相互作用を媒介とした静磁波モードが支配的で、マグノンバンドを対称に大きく変調する。このため我々は高波数マグノンを励起できる微細マイクロ波アンテナを作成した。このデバイス中で、マイクロ波の透過率として、ポート1から2、2から1へのマグノン伝搬を観測した。キラル強磁性体LiFe$_5$O$_8$中では、明らかな非相反性が観測されたが、反転対称強磁性体Y$_3$Fe$_5$O$_{12}$中では非相反性は見られなかった。また非相反マグノン伝搬の磁場方向依存性も観測した。この結果、キラル型ジャロシンスキー守谷相互作用由来の非相反性と静磁波モード由来の非相反性が区別できることを明らかにした。

マルチフェロイクスを利用した非相反マイクロ波応答の外場制御

[1] Y. Iguchi, Y. Nii, and Y. onose, Nature Communications 8, 15252(2017). 

[2] Y. Iguchi et al., Physical Review B 98, 064416 (2018).

[3] S. Hirose, Y. Iguchi et al., Appl. Phys. Lett. 121, 222401 (2022). [Editor's picks]

 物質中の対称性の破れは、興味深い物理現象を引き起こす。例えば、空間反転対称性の破れた系では、圧電性や自然旋光性が現れる。また、時間反転対称性の破れは、ホール効果やファラデー効果などをもたらす。近年、磁性誘起強誘電性(マルチフェロイクス)の発見を契機として、空間と時間反転対称性が同時に破れた系に特有な物理現象への関心が高まってきている。その一つが電気磁気効果であり、電場によって磁化が変化し磁場によって電気分極が変化する。反転対称性の同時の破れは、素励起の動力学にも影響を及ぼす。その一つとして、波数$+k$を持つ素励起のエネルギーと減衰率が、波数$-k$の場合と非等価になる。これを非相反性という。 我々は、マイクロ波領域におけるマグノン励起に関連した非相反現象に着目し、特にマグノン励起周波数付近で起こる非相反なマイクロ波応答について研究を行った。


1. マルチフェロイック物質を利用した非相反マイクロ波応答の電気磁気的制御

 従来のマイクロ波アイソレーターの外場制御は原理的に困難であるため、異なる原理による非相反応答が求められている。キラル磁性体中でマイクロ波非相反性が観測されているが、結晶のキラリティを起源とした非相反性は電気的に制御することが困難である。本研究では、ポーリング電場によって電気分極を制御できるマルチフェロイックヘリ磁性体Ba$_2$Mg$_2$Fe$_{12}$O$_{22}$を利用することでマイクロ波非相反性の電気的制御を行うことを目的として研究を行った。[1]

 マイクロ波領域において、Ba$_2$Mg$_2$Fe$_{12}$O$_{22}$がコニカルマグノンモードを持つことを実証した。下図(a),(b)の様にトランスバースコニカル磁性相のBa$_2$Mg$_2$Fe$_{12}$O$_{22}$では、トロイダルマグノンに起因した非相反なマイクロ波伝搬が期待される。コニカルマグノンモードにおいて、ポーリング電場の強度に依存した非相反なマイクロ波応答を観測した(下図(c)-(f))。また、観測されたマイクロ波非相反性の大きさと符号がポーリング電場と外部磁場で制御でき、電気分極の大きさに比例することを明らかにした。  

上記のマイクロ波非相反応答は6Kという低温でのみ行われたが、室温マルチフェロイックヘリ磁性体BaSrCo$_2$Fe$_{11}$AlO$_{22}$を利用することで室温で非相反マイクロ波吸収を観測することに成功した。[3] 非相反吸収は6−20GHzの周波数帯で観測され、その符号をポーリング電場で制御することに成功した。このようなマイクロ波特性は次世代ワイヤレス通信の実用化につながると期待される。


2. 空間反転対称性が破れた反強磁性体におけるマグノン励起に起因したマイクロ波非相反性の定量的評価

 反強磁性スピントロ二クスは、大きな磁化を持たないためナノデバイスへの応用に適していること等から、近年大きな関心を集めている。強磁性体やコニカル磁性体などの有限磁化を持つ磁性体中のマグノン励起に比べて、反強磁性マグノン励起は観測のために高周波数・高磁場が求められる傾向がある。本研究では、磁場に依存した反強磁性マグノンとそれらにおける非相反応答を綿密に調べるため、低いネール点と小さい磁気異方性を持つマルチフェロイック反強磁性体Ba$_2$MnGe$_2$O$_7$のマイクロ波応答を観測した。[2]

 マルチフェロイック反強磁性体Ba$_2$MnGe$_2$O$_7$は、マイクロ波領域に容易面型磁気異方性の典型的な反強磁性マグノンモード( $\omega_1$と$\omega_2$,$\omega_\parallel$)を持つことを実証した(下図(a)-(c))。モードの磁場依存性から、理論式を用いて交換相互作用と磁気異方性の大きさを見積もった。テラヘルツ領域に反強磁性マグノンモードを持つBa$_2$CoGe$_2$O$_7$と比較し、Ba$_2$MnGe$_2$O$_7$の非常に小さな磁気異方性がマイクロ波領域で反強磁性マグノンが観測できる大きな要因であることを明らかにした。また、Ba$_2$MnGe$_2$O$_7$の反強磁性マグノンモードにおける非相反応答を観測した。下図(c)は、2つの実験配置における反強磁性マグノンモードの相対的な非相反性の大きさを示しており、特定の実験配置における$\omega_1$モードのみが大きな非相反性を示すことが分かった。このマイクロ波非相反性の振る舞いは、スピン波理論と久保公式及びスピン依存する金属配位子混成機構を基に量的に説明することができた。

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