実空間観測による超伝導渦糸の研究
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コーヒーカップの中など、古典的な流体ではスプーンで大きな渦や小さな渦を作ることができる。同様に、大気中の古典的な気体では小さな渦や非常に大きな渦(竜巻)を作ることができる。しかし、量子の世界ではこれとは非常に異なる。
物質中で電子が渦を作ると中心に磁場ができる。超伝導体はある条件下で磁場が細い一本の束(磁束)となって結晶内を通る(渦糸)。第2種超伝導体の単結晶内に存在する孤立した渦糸内に捕えられた磁束は、$n\Phi_0=nh/2e$という式で離散的な値を取る。ここで、$n$は整数、$h$はプランク定数、$e$は電子の電荷である。この離散性は、渦糸周りのクーパー対が$2n\pi$の位相を巻き込むためである。ですが一部の条件下では$\Phi_0$以下の磁束を持つ渦糸が安定化する。
走査型SQUID顕微鏡は局所的な磁束を絶対値で観測することができるため、我々はこれを使用して非従来型の渦糸や動的特性の評価を行ってきた。
[1] I.P. Zheng, Y. Iguchi, et al., Physical Review B 100, 024514 (2019).
[2] Y. Iguchi et al., Physical Review B 103, L220503 (2021). [Letter]
[3] Y. Iguchi et al., Science 380, 1244-1247 (2023). (Open access link)
双晶境界線にピン止めされた渦糸の異方的な動的応答を可視化
走査型SQUID顕微鏡は局所的な磁束と帯磁率を観測する事ができるため、渦糸磁場の観測およびその動的応答を直接観測する事ができる。我々は低温で双晶化する事が知られている超伝導体FeSeにおいて渦糸動力学の直接的観測を初めて行い、双晶境界線に沿った異方的なピン止めポテンシャルの存在を可視化することに成功した。[1]
URu$_2$Si$_2$単結晶における不均一な渦糸のピン止めポテンシャル
圧力中で双晶化する事が知られている重い電子系超伝導体URu$_2$Si$_2$においても同様に測定を行い、局所的に異方的・等方的なピン止めポテンシャルを持つことが分かった。[2] ここで観測された異方的なピン止めポテンシャルはFeSeで観測されたもののように長距離に渡って直線的に並んでいるわけではなくランダムに向いていることから、ここでは双晶化または電子のネマティック秩序による影響はほとんどなく不純物などの局所的な格子歪みが支配的であると考えられる。
URu$_2$Si$_2$では等方的なピン止め力の温度依存性も初めて局所的に見積もっており、その温度依存性が$(1-(T/T_c)^2)^2$で表されることを示した。この結果は、このサンプルの不純物の大きさがおおよそ超伝導のコヒーレンス長程度であることを示唆している。
超伝導体における温度依存した非量子化渦糸の発見
単結晶の超伝導体中では$n\Phi_0 (n=1,2,...)$の磁束を持つ渦糸が安定化する。これに対して$d$波超伝導体の粒界上に存在する固有のジョセフソン結合においては、半整数($n=1/2$)の渦糸が観測されることが知られている。これは$\pi$の位相を巻き込むことによる現象である。さらに、第2種マルチバンド超伝導体の単結晶におけるマルチバンド効果について考えてみる。ギンツブルグーランダウ理論のレベルでは、一つのバンドのみで量子位相の巻き込みが起こると予想されており、これにより部分的な磁束を持つ非量子化渦糸が誘起されると考えられるる。ただし、このような渦糸は2002年の理論的な発見以来、実験的には観測されていなかった。
我々は初めて、マルチバンド超伝導体K$_x$Ba$_{1-x}$Fe$_2$As$_2$内で類似の孤立した渦糸を観測した。[3] 走査型SQUID顕微鏡を使用してK$_x$Ba$_{1-x}$Fe$_2$As$_2$内の渦糸を操作することで、一部の渦糸が非量子化磁束を持ちその磁束が温度依存することがわかった。この現象は、同一温度範囲内で数ミリメートルスケールで同様に観測された。また、非量子化渦糸と量子化渦糸が異なる冷却サイクルで同じ温度同じ場所にピン止め可能なことも検証した。これらの現象は、粒界上の半整数渦糸とは明らかに異なるものである。