非従来型超伝導体における局所超流動密度応答の研究
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超伝導ギャップの対称性を特定することは、超伝導ギャップにノードを持つと言われている物質における準粒子関連の低エネルギー現象を理解する上で不可欠である。しかし、一部の試料では転移温度の不均一性などにより本質的な超伝導状態については不明確なままである。走査型SQUID帯磁率顕微鏡は局所的な帯磁率測定を絶対値で観測することで局所超流動密度応答が得られる非常に強力でユニークな走査型磁気プローブである。これまでの我々の研究により、以下の物質に対して潜在的なギャップの対称性が示された。
[1] Y. Iguchi et al., Physical Review B 103, L220503 (2021). [Letter]
[2] Y. Iguchi et al., Physical Review Letters 130, 196003 (2023). [SIMES Research Highlight]
[3] Y. Iguchi et al., Physical Review Letters 133, 036001 (2024) [Editors' Suggestion]
カイラル$d$波超伝導候補物質URu$_2$Si$_2$における線形温度依存性を持つ超流動密度の局所的観測
重い電子系超伝導体URu$_2$Si$_2$はカイラル(超伝導ギャップにノードを持つ時間反転対称性が破れた)超伝導の候補物質であり、また超伝導相(SC)と共存する隠れた秩序相(HO)の研究が長年に渡って精力的に行われてきた。我々は、URu$_2$Si$_2$における局所超流動密度を観測するため、走査型SQUID顕微鏡を用いてマイクロメートルスケールで局所的に低磁場を印加してその帯磁率応答を測定した。[1]
この試料では超伝導相と共存した強磁性ドメイン(FM)が観測されたが、そこから十分離れた場所で帯磁率を試料とSQUIDの距離の関数として測定し、Londonの磁場侵入長をそれぞれの温度で見積もった。
これを3つの異なる場所で行ったところ、超流動密度が線形の温度依存性を持つという同様の結果を得た。これはURu$_2$Si$_2$における超伝導ギャップ中の線ノードの存在を示唆している。
カイラル超伝導候補物質UTe$_2$における単一超伝導転移のみを示す均一な超流動密度の観測
UTe$_2$は新しく発見された奇パリティ超伝導体である。一部の試料では自発的な時間反転対称性の破れや多重超伝導転移が常圧下でも観測されており、カイラル超伝導状態の発現を示唆している。ところが高品質試料作成が可能になると、比熱測定から常圧下ゼロ磁場付近での多重超伝導転移は試料の不均一性によるものであることが示唆された。このようにUTe$_2$の超伝導特性を正確に理解するためには均一な試料での測定が求められるが、走査型磁気顕微鏡によるUTe$_2$の研究は我々の測定以前には報告されていなかった。
我々は、走査型SQUID顕微鏡を利用してUTe$_2$の局所的な超流動密度の観測を行った。[2] 実験には高品質なUTe$_2$単結晶の劈開面を使用した。局所的な帯磁率(超流動応答)を観測し試料の不均一性をミクロン単位で評価し、局所的な超伝導転移温度$T_c$を見積もった。結晶端付近で30 mKの$T_c$上昇が見られたが、端以外では均一な$T_c$を持っており、予想していた通り$T_c$付近の多重超伝導転移を示す証拠は見られなかった。この非常に均一な領域で局所的に観測した帯磁率から超流動密度の温度変化を見積もることに成功した。この超流動密度の温度変化は$b$軸上にポイントノードを持つ超伝導ギャップモデルでは説明できず、擬二次元フェルミ面において$a$軸上のわずかに開いたギャップもしくはポイントノードを持つモデルと一致している。
擬二次元超伝導体Pd$_x$ErTe$_3$における異常な超流動密度の温度依存性の観測
超流動密度$n_s$は超伝導秩序変数の剛性を示す重要なパラメータであり、従来の三次元BCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)超伝導体では臨界温度$T_c$付近でその温度微分$dn_s(T)/dT|_{T\rightarrow T_c}$が緩やかに増加する。例外として、コヒーレンス長より十分薄い二次元系では急激な温度微分$dn_s(T)/dT|_{T\rightarrow T_c}$が予想される。これは低次元系では熱的な揺らぎが強くなり$T_c$がBCS理論の値からBKT(Berezinskii-Kosterlitz-Thouless)転移温度まで抑制されるためである。しかし、我々が走査型SQUID顕微鏡を用いて無秩序な電荷密度波物質である擬二次元層状超伝導体Pd$_x$ErTe$_3$のバルク単結晶における超流動密度の挙動を調べたところ、$dn_s(T)/dT|_{T\rightarrow T_c}$が$T_c$付近で顕著に増加することが分かった。[3]
観測された超流動密度の温度依存性は三次元BCS超伝導体から期待される挙動から逸脱している。この現象は熱的な揺らぎに加えて量子揺らぎが超流動密度の決定に重要な役割をする量子回転子(Quantum rotor)モデルのシミュレーション結果とよく一致することが分かった。このモデルでは、すべての温度領域においてクーパー対が存在する(平均場転移温度$T_{MF}$より十分低温領域のみを考える)として二次元正方格子系のサイト$j$におけるクーパー対の数$n_j$、位相$\theta_j$、ローカルキャパシタンス(有効質量)$C$、そして最近接サイトとの相互作用$J$を用いてハミルトニアンが以下のように書ける。
$H = \sum_{j}{\frac{n_j^2}{2C}} - J\sum_{<i,j>}{\cos{(\theta_i-\theta_j)}}$
これらの結果は、擬二次元超伝導体における量子揺らぎの探求において超流動密度の温度依存性測定の有用性を示している。